こんばんわ。
このブログを書いているりんどうです。
パチ屋に行かない夜が、
気づけば何日か続くようになりました。
以前の自分からすると、
これはかなり珍しいことです。
でも最近、
そんな夜が続くと続くで、
少しだけ別の感情が出てきました。
それは「安心」よりも、
どちらかというと「怖さ」に近い感覚です。
行かない夜が続くと、不安になる
パチ屋に行っていた頃は、
夜の予定はとてもシンプルでした。
仕事が終わったら行く。
勝つか負けるか。
それで一日が終わる。
良くも悪くも、
考えなくてよかった。
でも、行かない夜が続くと、
その“決まっていた流れ”がなくなります。
今日は何をして過ごすのか。
この時間をどう終わらせるのか。
自分で決めないといけない。
それが、思った以上に落ち着かない。
パチ屋は「逃げ場」でもあった
最近気づいたのは、
パチ屋は娯楽というより
逃げ場だったのかもしれない、ということです。
仕事の疲れ。
人間関係のストレス。
将来への漠然とした不安。
そういうものを考えなくて済む場所。
行ってしまえば、
目の前の台と音と光で、
全部かき消される。
行かなくなると、
その代わりに
考えたくなかったことが
少しずつ浮かんでくる。
それが、正直ちょっと怖い。
何者でもない自分と向き合う夜
パチ屋に行かない夜は、
特別な自分になれない。
勝った自分でもない。
負けた自分でもない。
ただの、
仕事を終えて家に帰った自分。
その「何者でもない時間」が、
今までほとんどなかった。
だから、
落ち着かないのも当然なのかもしれません。
それでも、逃げ続けるよりはいい
怖さはあるけど、
前みたいに戻りたいかと言われると、
正直そうでもない。
負けて後悔する夜。
自分を責め続ける夜。
お金と時間を失った実感。
あの感覚を思い出すと、
今の落ち着かなさの方が、
まだマシだと思えます。
慣れていくしかない夜もある
たぶんこれは、
慣れの問題なんだと思います。
今まで避けてきた時間に、
少しずつ慣れていく。
特別なことはしなくていい。
楽しく過ごせなくてもいい。
ただ、
「行かなかった夜」を
普通のものにしていく。
今はそれだけで十分です。
このブログは、その練習場所
このブログを書いている時間も、
ある意味では
逃げずに向き合っている時間です。
怖さも、不安も、
そのまま書いていい場所。
パチ屋に行かない夜が続いて、
少し怖くなってきた今も、
自分にとっては大事な途中経過。
この夜も、
ちゃんと残しておこうと思います。

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